□ SCENE □



嘘だった。

全てが嘘。

楽しいのも、苦しいのも

全てが偽り。

虚構でしかない僕等。

いつか消えて無くなる

そんな存在だから──


【SCENE】


 一枚、捲った。
二枚捲る。
一瞬の輝きが、その紙の中に閉じ込められて。
何も見い出せないのに、惹き付けられた。
写真から目が離せない。

「誰、コレ?」

横を向いて、一緒にいた友人の肩を掴んだ。
友人は、写真の下を指差して、口端を悪戯に引き上げる。
題名と写真情報が書かれていた。


『蒼』
1年5組 向田 彬
モデル・根保 莱無


「……何て読む?」
「ムコウダ アキラとネホ ライムだよ。惚れた?」


 言葉が出てこなかった。
そういう感情ではないのに、はっきりとは違うと言えない。


 蒼い空の中で、両腕を広げ、強い眼差しをレンズに向ける被写体。
深いところまで入り込んでくるような、そんな視線だった。


 空と莱無。
他には何もない。
それなのに、何故だろうか。
こんなにも心惹かれるなんて。

「なあ、この向田って奴、凄いの?」
「んー? さぁな。でも、期待の新人らしいぜ」


 友人は新聞部。
情報網は確か。
惹かれた対象がどちらなのか、自分でもいまいち解らないのに、無性に会いたくなる。

「二人とも写真部?」
「いや、向田は写真部だけど、根保は違う」
「……何部?」
「漫研」
「マジ?」
「本気と書いてマジと読もう。因みに、根保が男で向田が女だそうだ。兄妹らしい」
「何でお前、そんなに詳しい訳?」
「そりゃ、一応新聞部の部長ですから」
「それにしたって」
「ゴチャゴチャ言うな。行くぞ」


 写真の前で男二人が肩を並べ不毛な会話を続けても虚しさが募るだけ。
友人に促され、他の展示物の元へ移動した。




 本日は、我が校の文化祭である。
文化部は異様なまでの盛り上がりをみせていた。
三年の郷田 健(ゴウダ タケシ)にしては、高校生活最後の文化祭。
それでも、運動部の彼は燃え切れなかった。
そんな時、目にしたのが一枚の写真。
健はその写真に執着していた。
二人を訪ねてしまうぐらいには──


 部室が置かれている建物の二階へ上がり、写真部の部屋の前に立つ。
灰色のスライド式の扉。
ガラスの部分から中を見ることが出来た。
男子が二人、女子が三人、何か作業を行っている。
ゴホン、と意味もなく咳払いをし、扉をノックした。
扉の向こうの住人が、一斉に外に視線を向け、驚いたように口を半開きにする。
一人の男子が慌てて立ち上がり、境界線を消した。

「な、何か用かな、郷田君」
「まぁね。向田さんっている?」

運動部に籍を置き、それなりに成果も残している健は、それなりに顔を知られていた。
だからか、初対面の相手が自分の名を知っていても、さして気にしないで用件を述べる。

「え、向田? 今、漫研の部室だけど……」
「そっか、解った。教えてくれてサンキュ。邪魔したわ」

怪訝な顔の男子に片手を振って部室を離れた。




 漫研の部室がある三階にと足を向ける。
何故か三階は人の声で騒がしかった。

「またなの? 僕、もう嫌だよ」
「何言ってんだよ! 兄貴、上手かったし撮りやすかったからさ、また頼むよ」
「でも、彬……」

廊下で二人の生徒が話している。
学ランを着た被写体。
否、根保 莱無とセーラー服の彬と呼ばれた人間が手摺に寄りかかっている。


 写真でも中性的ではあったが、実際に見る莱無も学ランを着ていなければ性別の区別が付かないぐらいだ。
そして、セーラー服に身を包んでいる彬も同様である。
二人の顔は、一卵性双生児のように瓜二つだった。

「とにかく、今度はセーラー服着てよ」
「む、無理だよ! そんなの」
「何で? 莱無も着たいんだろ!?」
「彬……。でもね、それはおかしなことなんだよ。僕は男なんだから」
「あーーッ! 兄貴はいつも男だとか女だとか性別に捕われすぎなんだよ! 着たい物を好きなように着て何がいけないのさ」

終わらない二人の言い争いに健は戸惑う。
声を掛けるべきか否か。

「オイ、そこの立ち聞き野郎! アンタはどう思う?」


 情けない顔で悩んでいた健を、彬が唐突に指名した。存在はバレていたのだろう。
健は二人に近付いていき、にこやかに笑みを向けた。

「初めまして、郷田って者です。宜しく」
「……俺は向田。コレが根保。で?」
「あの写真の子だよね? 僕、あの写真に惚れて二人の事、探してたんだ。また撮るなら、是非見たい。セーラー服も似合うと思うし」
「写真?」

莱無が目を瞬かせて健を窺う。
話が通じていないらしい。
彬は気まずそうに莱無から目線を反らしていた。

「あ! もしかして」
「悪ぃ、兄貴。アレさ、展示した」
「……しないって言ったのに」
「ゴメンって!」

またもや始まりそうな兄妹喧嘩。
苦笑を浮かべ健は間に入った。

「それよりさ、莱無君がお兄さんで、彬さんが妹……で良いんだよね?」
「え、何で知ってるんですか!? 僕達が兄妹だって」
「あれ、コレって極秘だった? 新聞部の友達が教えてくれたんだけど」
「あの部長か! クソ、口止めしたのに」
「でも、アイツも僕だから教えたんだと思うよ?」

一応、義理として友人をかばってはみたが、彬に睨まれてしまう。
ヤケに迫力があり怖かった。

「アンタも充分怪しいけどな」
「うわ、酷い。傷付くなあ」
「フン、酷くて結構。勝手に傷付いてろ」
「彬」
「何」
「先輩に向かってそんな口、きいちゃ駄目だよ」


 諭すような莱無の言葉に彬が黙り込んだ。
健と莱無を交互に見た後、ニンマリと唇を歪ませて健の腕を掴む。

「アンタ、莱無と一緒にモデルになって。良いよな?」
「あ? 僕にモデルをやれと?」
「おう、良く見りゃあ見れないこともないし、莱無と似合いそう」
「ちょっ、彬! いきなり何言い出してるんだよ。迷惑だろ!?」
「良いよ。別に迷惑じゃないし、どうせ部活も引退間近だしね。莱無君は嫌?」
「嫌……ではないけど」
「ヨッシャ、決まりな!」

顔を赤くし俯いてしまった莱無の頭を何度か撫でて、彬に微笑みかけながら爆弾を放る。

「あ、撮影に新聞部の部長も呼んで良い?」
「良くねぇよ! アイツは呼ぶんじゃねぇ」
「てか、彬さんってアイツのこと好きなんだろ?」
「バッ! 寝言は寝て言えや、ボケが」
「彬、言葉汚いよ」
「だって、兄貴ー」


 三人で笑っていると、漫研の部室のドアが開けられた。
中から黒縁眼鏡の男が出てくる。

「楽しそうだな、郷田」
「楽しいよ、お前といるよりは」
「そうか。それは良かった」

彼はそのまま階段を降りていってしまう。
莱無の不思議そうな視線が健に向けられた。

「幼馴染みなんだ」
「ふーん」
「興味なさ気に相槌打つな」
「興味ねぇもん」

彬の頭を軽く叩く。
彬に足を軽く踏まれる。
弟と戯れているようで楽しかった。

「どうして、ですか?」

不意に、複雑な顔で莱無が問掛けた。
目で先を促すと、彼は大きく息を吸い込む。

「先輩は、僕と彬のことを何も聞かないんですね。兄妹なのに苗字が違ったり、話言葉だって」
「人それぞれでしょ。どんな理由とか、そんなの聞いてたって仕方ないよ。だって、僕が知ってる向田と根保は、性別が入れ替わったみたいに話す二人な訳で、理由聞いたってその事実は変わらない。違う?」
「違わない、と思う……」
「僕はね、ありのままに受け止めることにしてんの。それじゃあ、駄目かな?」
「駄目……じゃない」
「モデル、一緒に頑張ろうなあ」
「あ、はい」

健が差し出した手を、莱無が掴む。
その上に、彬の手も重なった。

「三人で良い作品作ろうぜ!」
「違うよ、三人じゃなくて四人でしょ」
「アイツは入れねぇぞ」
「何で? アイツ、昔写真やってたんだよ。すげぇ上手いし」
「知ってる、そんなこと! 俺、アイツに憧れて写真始めたから。だから、嫌なんだよ」
「えー」
「不満気な声を上げんな!」
「うわ、暴力反対!莱無君、助けてッ」


 他愛なく続く会話。
なんて暖かいんだろうと健は感じた。
写真から受けたものと同じ感覚。
虚構であって、その実、核の部分は変わらない。


 震えが身体を襲う。
二人といれば、自分も現実になれるような気がした。
虚構の部分を崩して現実で埋めていく。
それは難しいことで、苦痛を伴うこともある。
それでも、健のやるべき事なのだ。

「楽しそうだなあ、お前等。もう下校時間過ぎてるぞ」

後ろから聞こえてきた友人の声に、彬が振り返る。

「出たな、参河!」
「何だそりゃ」
「あのな、参河。彬さんはお前のことが」
「ギャーーッ、違うわ、ボケがっ! それ以上、口開くな」

呆れた顔で健と彬のやりとりを見る新聞部部長こと参河 杏史(ミカワ キョウシ)が莱無に視線を移した。

「なぁ、普通だったろ?」
「……はい」
「健は、君のことを受け入れるよ。これから先も。そういう奴だ」
「……参河先輩は、彬のこと受け入れてくれますか? ずっと」
「……それは、向田次第だな」
「それもそうですね」

二人の会話を健と彬が聞くことはなかった。


 その後、四人でファミレスに寄り、もう暫く騒がしい時間は続くのだった。


******


 黒縁の眼鏡を外す。
久しぶりに会った健は、記憶のソレとは異なる笑い方をしていた。
だけど、とても健らしい笑い方だった。


 記憶を無くした健。
気付けば関係はギクシャクしていた。
原因は自分自身。


 彼を健と認めることが出来なかったのだ。
今までとは違う仕草をみせ、二人で過ごした過去の記憶も持たぬ生物。
健の皮を被った別の生き物のように感じられた。


 今日、莱無と彬の二人と話している健を見て、彼も健なのだと自然に受け入れている自分がいた。
あの暖かさは、今も昔も変わらずに健なのだ。


 階段を降り切った男は、うっすらと笑みを浮かべて、涙を溢した。
そして、それを見ていた女子にキモいと叫ばれるのだった。


******


 「虚構を撮って楽しい?」
「否、つまらない。でも、撮ることに意味があるんだ」

初めて交した会話は、そんなものだった。
健と言う人間は、何処か淡々と世界を見ていて、時々ゾクリと背筋に寒気が走るような冷めた目を晒す。
だが、その日は何処か儚げに世界を見ていた。

「じゃあ、僕にも意味がある? 虚構で出来た僕の存在に、意味はあるのかな?」

最初はそんなに親しい間柄でもなかったのだが、この会話を境目に健との交流は始まった。


 彼によれば、小学生の頃、事故に巻き込まれ記憶をなくしたそうだ。
自分は健と言う人間の虚構で塗り固められた存在なのだ、と彼は淡々と言い切った。

「俺は今の健しか知らない。俺にとっては今のお前が現実の健で、昔のお前は虚構の健だ。虚構と現実の境界線なんて、とても曖昧なんだ。だから、俺はそれを撮る」

それを聞いた時の健は、驚いたように目を見開いていた。その後、急に笑い出した。


 氷が溶けた、とでも言うのがふさわしい笑い方だった。
これが健なんだな、と自然と思う。

「有り難う、杏史。なんかふっ切れたよ」

本当に綺麗に笑うから、その顔を写真に収めてしまった。
健は笑いながら文句を言ってきたが、その顔は嬉しそうであった。




 健との出会いから三年が経った。
写真はやめ、新聞部に所属していた杏史に新しい出会いが訪れた。
身体は女、心は男。
身体は男、心は女。
名前は彬と莱無。
苗字の違う兄妹で、一卵性双生児みたいに瓜二つ。


 この出会いが元で、また写真に戻ることになった。
今度は健も一緒に。
莱無と健をモデルに、彬と杏史が被写体を写す。
現実を虚構にする為なのか。
虚構を現実にする為なのか。
杏史には解らないが、これで良いのだと思えた。

「今、この時にしか撮れないものを撮る。それは、虚構なんかじゃないだろ?」
「は? いきなり何だよ、杏史」
「いや、何でもない」


 一枚撮った。
二枚、撮る。
虚構で出来た彼等を現実に残すためにシャッターを切った。
今、この瞬間を生きている証拠。




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